*画像に誤りがあったので修正しました(2015/08/04)
はじめに
「小さくなっても頭脳は同じ 迷宮なしの名探偵 真実はいつもひとつ! 」「たったひとつの真実見抜く、見た目は子供、頭脳は大人、その名は名探偵コナン!」でお馴染み江戸川コナンは青山剛昌がこの世に送り出した漫画の主人公で、高校生探偵工藤新一が黒ずくめの組織の「ジン」にAPTX4869を飲まされ体を小さくされた姿の名前である。
工藤新一の体を幼児化させたAPTX4869は、灰原哀こと宮野志保が開発した架空の薬で、曰く毒物として検出されない。その作用はWikipediaによれば以下のとおりである(2-1)
プログラム細胞死(アポトーシス)を誘導すると共に、テロメラーゼ活性によって細胞の増殖能力を高める。投与された場合、エネルギー消費を伴うアポトーシス作用によって強い発熱を伴い、「骨が溶ける」かのような感覚に襲われた後、通常は死に至り死体からは何も検出されないが、ごくまれにアポトーシスの偶発的な作用でDNAのプログラムが逆行し、神経組織を除いた骨格、筋肉、内臓、体毛などのすべての細胞が幼児期の頃まで後退化することがある。
アポトーシスというのは日常聞きなれない言葉で、生物の授業でも習ったことがない。その「アポトーシス」とはなにかを今回は調べることにした。
アポトーシス
DNAとクロマチンとヌクレオソームとミトコンドリアと
ヌクレオチドとヌクレオシド
おおまかに言うと、塩基に糖がくっつくとヌクレオシド、ヌクレオシドにリン酸がくっつくとヌクレオチドになる。(1-9 p.53)
DNAとクロマチンとヌクレオソームと
DNAは生命が親から子へ伝えられる遺伝情報を担っている。1953年にワトソンとクリックが発見したように、ヌクレオチドがつながったヌクレオチド鎖が二重螺旋構造をとり、A(アデニン)-T(チミン),G(グアニン)-C(シトシン)のように水素結合しあっている(1-10 pp.96-99)。
DNAはヒストン(histone)などのタンパク質と結合し、直径10nm程度の数珠状の繊維構造(chromatin,クロマチン)になる。5種9分子のヒストンを約200残基長のDNAが巻き付いた構造単位をヌクレオソームといい、数珠玉にあたる。
ミトコンドリア
ミトコンドリア(mitochondria)は呼吸の場であり、細胞の発電所であると同時にアポトーシス誘導の場でもある。ヒト成人では体重の約10%を占める(1-12 p.20)。独自のDNAをもち(mtDNA)、母系からのみ受け継がれる(1-6 p.219)。二重の生体膜で包まれ、外膜(outermembrane)は滑らかだが、内膜(innerm.)はクリステと呼ばれる複雑なひだ状の陥入構造が発達している。内膜の外側を膜間腔(intermembramspace)といい、内側をマトリックス(matrix)という(1-12 p.21)。内膜やマトリックスには呼吸に関わる多くの酵素が含まれている(1-10 p.63)。膜間腔にはカスパーゼ活性化因子(シトクロームcなど)が存在し、アポトーシスの経路に関与する(1-13 p.28)。
アポトーシスとは
提唱者:Kerr,Wylie, Currie
発表年:1972年
能動的に行われる細胞死、細胞の自殺のことでマイトーシス(mitosis,細胞分裂)と表裏一体の関係にある。日本での正式名称は細胞自爆という(1-3, 1-4 p.33)。絶えず体のあちらこちらでおきていて(1-5 p.15)、これにより絶えず体内で増加していくエントロピーを捨て、これによって生命を形作り守る働きを示す(1-6 pp.246-247)。
アポトーシスを起こした細胞は、まず細胞の表面が平滑化しサイズが小さくなる。細胞核ではDNAが規則正しく断片化される。このDNA断片化はまず50~200kbp(1 bp≒0.33 nm(2-3))の大断片化が起きた後、ヌクレオソーム(約180bp)単位の断片化へと進行する(1-11 p.15)。そして細胞膜の水泡化とともに細胞はくびれてちぎれ、細胞の断片化が起こる(これをアポトーシス小体という)。このアポトーシス小体はマクロファージ(貪食細胞)や隣り合った細胞によってとりこまれ、すみやかに除去される(1-4 pp.29-31,36-39)。
このように周りに影響をあたえることなく縮小・断片化して死んでいく(1-10 p.176)。アポトーシスはエネルギーを消費する、高度に制御された自壊過程である。
なお、おたまじゃくしの尾がカエルになる時に消滅したり、人の指が形成される際に指と指の間となる部分が消滅するのは、すべてプログラム細胞死(programmedcell death)によるものと言われるが、この際の細胞死の過程はその多くがアポトーシスによるものである(1-7 p.ⅱ, 1-8)。このため、アポトーシス=プログラム細胞死とされがちだが、アポトーシスはなにもプログラム細胞死だけに見られるわけではない。
あくまでプログラム細胞死は遺伝子に組み込まれたスケジュールによって厳密に進む画一的、一様に進む細胞死であり、アポトーシスは細胞の置かれている状況によって散発的、可変的に進む細胞死の過程である。よって両者は明確に区別して語るべきである(1-7 pp.8-9, 1-8)。
ネクローシスとは
かつて細胞死といえばこのネクローシスを指した。細胞が膨張して、破裂し内容物をまき散らし死ぬ(1-13 p.28, 1-14 p.400)。元の細胞中の消化酵素やサイトカインなどが炎症発生因子となって周囲細胞に重篤な影響を及ぼす(2-4)。
アポトーシスとネクローシスとの違い
表1 細胞死の特徴(1-4 p.30, 1-5 p.19)
アポトーシス | ネクローシス | |
要因 |
生理的、病理的、 ホルモン異常、成長因子の除去、 細胞傷害性T細胞の攻撃、ストレス、 HIV感染、放射線、温熱、制癌剤 |
病理的、非生理的 火傷、毒物、虚血、補体攻撃 溶解性ウィルス感染 過剰な薬物投与や放射線照射 |
過程 | 細胞体積の縮小 | ミトコンドリアや小胞体の膨潤 |
細胞表面の微絨毛の消滅 | イオン輸送系の崩壊 | |
ヌクレオソーム単位でのDNA断片化 | DNAのランダムな分解 | |
クロマチンの凝縮 | 細胞の膨潤と溶解 | |
細胞の断片化 | 細胞内容物の流出 | |
経過 | 短時間に段階的に進行 | 長時間に漸次進行 |
特性 | 組織内で散在的に発現 | 組織内で一斉に発現 |
機構 | 能動的自壊過程 | 受動的崩壊過程 |
ATPを要する RNAタンパク質を合成し発現 |
ATP低下 |
*生理的 :身体の組織・機能に関するさま
*病理 :病気の理論・原理。
*虚血 :重度の急性局所貧血。血栓などが原因となる(1-15)。
一言で言えば、アポトーシスは生存のための細胞自殺、ネクローシスは障害による細胞他殺と言える。(1-4 p.31)
生体で起こる細胞死のほとんどはアポトーシスで、ネクローシスが起こるのは、高線量の放射線の照射、高濃度の抗癌剤投与、細胞膜障害性細菌毒素、火傷などの特殊な場合に限定される(1-2 p.14)。
細胞死研究の歴史
アポトーシスの発見前後の研究の歴史について見てみる。
高校の生物の教科書を見ると細胞分裂、増殖についてはかなり詳しく記載があるが、細胞死についてはかろうじてコラム欄にアポトーシスやネクローシスが紹介される程度である。(1-10 p.176)
1990年頃の科学雑誌にはこのような言葉が書かれていたらしい。
もし宇宙人が地球に来て生物学の教科書を見たとしたら、地球は死ぬことのない生物で満たされていると信じるに違いない。私たちの教科書は細胞が成長し分裂すること、エネルギー代謝について詳しく記述しているけれども、細胞が死に至る過程についてはほとんど何も書かれていないのだから
これほどまでに細胞死について触れられてこなかったのは、科学者の間で、細胞死=ネクローシスという認識で終わってしまったためと考えられる。
表2 「Kerr,Wylie」前後の細胞死研究の歴史(1-1 p.12)
発表年 | 研究者(第一著者) | 研究項目 |
1842 | Vogt | 生理的細胞死の最初の記述 |
1885 | Flemming | Chromatolitic cell death(アポトーシスの原型)の観察 |
1964 | Lockskinら | プログラム細胞死(programmed cell death)という言葉の使用 |
1966 | Tata | カエルの尾部の退縮にRNA合成とタンパク質合成が必要であるということが示される |
1968 | Grangerら,Ruddleら | 細胞死を誘導するサイトカインの発見 |
1972 | Kerrら |
アポトーシス(apoptosis)という言葉の提案とその定義 →細胞死が能動的なプログラムによることを提唱 |
1979 | Matyasova | 放射線やアルキル化剤によるDNA分解(DNA ladder)の誘導 |
1980 | Wyllie |
アポトーシスにおけるエンドヌクレアーゼ(endonuclease)の活性化 →アポトーシスの生化学的解析の始まり |
しかし1980年までは「アポトーシス」という名前が論文に登場した回数は一桁にとどまり、本格的にアポトーシスの研究報告がなされるようになったのは1990年代以降である。
1998年には年間報告数は6500を超え、アポトーシス誘導の過程がほぼ解明された。(1-2 p.12)
「週刊少年サンデー」に名探偵コナンの連載が始まったのが1994年のことであるから(2-2)、当時のタイムリーな生物学の話題を物語の基本構想に組み込むのだから青山剛昌先生には驚きである。
カスパーゼの分類と役割
システインプロテアーゼである。システインプロテアーゼは活性部位にシステイン残基をもつタンパク質分解酵素であり、カスパーゼは基質となるタンパク質のアスパラギン酸残基の後ろを切断する。Caspaseという名はCysteine-ASPartic-acid-proteASEを略したものである。
図1 カスパーゼの構造と分類(1-11p.52, 2-6)
黒い矢印(↓)は活性化によって切断される部位。p20の右端近くの黄色い丸は活性中心のシステイン残基。括弧書きで示したカスパーゼ-11,-12はヒトではまだ見つかっていない。
*サイトカイン:主に免疫系の細胞で生産され、主に免疫細胞間の情報伝達や調節に関わる可溶性タンパク質である。「主に」と言うのは例外があり定義が困難だからである。細胞表面の特異的なレセプターと結合することによって作用を伝達する。(1-17p.250, 2-5)
なお、機能不明となっているカスパーゼ-5,-11は(2-7)
またNALP1インフラマソーム中にはカスパーゼ11(ヒトではカスパーゼ5)が含まれるが,カスパーゼ11はカスパーゼ9と同様にカスパーゼ3を活性化するので,細胞死を誘導する場合もある(1-16)
という記述から、イニーシエーターとして働いている可能性がある。
こうして見てきたとおり、カスパーゼファミリーは、複数のカスパーゼが順に切断し活性化されていくカスパーゼカスケードと呼ばれる一連のシグナル伝達経路を形成しており、アポトーシス誘導刺激に反応してこのシグナル伝達が行われることで、細胞にアポトーシスが誘導される。ほとんどのアポトーシスは、このカスパーゼカスケードに依存して誘導されるものであり、カスパーゼに対する阻害剤で細胞を処理することで、アポトーシスの進行そのものが阻害される。ただし、一部にはカスパーゼに依存しない、カスパーゼ非依存アポトーシス経路も存在することが知られている。
Caspaseはなにもアポトーシスだけに関わるわけではなく、炎症の誘導・制御にも関与する(2-8)。
アポトーシスの反応機構
アポトーシスを誘発する経路は,「死のシグナル経路」「ミトコンドリア経路」「DNA損傷経路」「セラミド経路」「カルシウム経路」などが知られている(1-2 p.16)。今回は最初2つのみ取り上げる。
語句まとめ
Fasリガンド :サイトカイン TNF :サイトカイン
TNFR :TNF受容体 TCR :T細胞受容体
アポトーシス関連分子の構造
タンパク質にはDD(DeathDomain),DED(Death Effector Domain),CARD(Caspase recruitmentDomain)とよばれる部分があり、アポトーシスのみならず細胞内の様々な機能に関係する。DD、DED、CARDはそれぞれ結合化し、多量体化する(1-11pp.74-76)。
図2 DD,DED,CARDをもつアポトーシス関連分子の構造
死のシグナル経路
おおまかに言うと、Fasリガンド、TNF、抗原などのサイトカインが細胞外から運んでくる死のシグナルが、Fas、TNF受容体(TNFR)、T細胞受容体(TCR)などの対応する受容体に結合しカスパーゼカスケードによってアポトーシスが誘導される(1-2 pp.20-21, 1-7 p.80, 1-13 pp.28-29)。
図3 デスセレプターとアポトーシス
ミトコンドリア経路
おおまかに言うと、死のシグナル経路でBidが切断されることなどにより細胞内にストレスが溜まる。
またBax(Bcl-2 associated X protein)がANT(adenine nucleotide translocator), PTPC(permeability transition pore complex)とともにミトコンドリアのVDAC(イオンチャンネル)を開ける。これによってミトコンドリアからシトクロームc、Caspase-2,-9、AIF(apoptosis-inducing factor)などを放出する。
これがApaf-1と協調してカスパーゼ-9を活性化し、カスパーゼ-3を切断し、死のシグナル経路に合流する(1-2 pp.24-25, 1-11 p.85, 1-13 pp.28-29)。
死の定義
人は一度死ぬと再び生き返ることはない。このことは何でもありに見えるフィクションの中の魔法の世界ですら揺るがない。Harry Potterの世界ではアバダ・ケダブラ(Avada Kedavra)の呪文から組成する術はない(1-18 p.336)。
では「死」の定義とはなんだろうか?2010年、改正臓器移植法が成立し4年が経った。そのころ「脳死」という言葉が盛んに聞かれた。つまり従来人の死の定義が心肺停止だったのが技術の進歩とともに変わったのである。
ではアポトーシスはどのように検出したら良いのだろうか?下に細胞死の判定法を示す。
表 細胞死の判定法(1-4 p.23)
分染法 | トリパンブルー、エリスロシンなど色素による染色性の変化 |
ラジオアイソトープ法 | 51Crの遊離 |
酸素活性測定法 | 乳酸脱水素酵素の遊離、酵素反応産物の測定など |
DNA、タンパク質検出法 | 細胞内高分子物質量などの測定 |
構造変化検出法 | 核濃縮、細胞断片化など(各種顕微鏡による) |
コロニー形成法 | 細胞増殖能喪失判定 |
細胞数測定法 | 細胞消滅測定 |
これらは生きてる細胞の性質の一部のの性質の変化に着目したもので、それゆえ判定法によって細胞が死んでいる割合は異なる(1-4 pp.19-23)。
まとめ
アポトーシスの研究が本格的に始まったのは1990年に入ってからでまだまだ新しいがくもんである。アポトーシスに至る過程も複雑で、いくつものタンパク質など(カスパーゼカスケード等)が関与し、アポトーシス誘導物質の阻害物質というのもあることが分かった。また死の定義も化学的にはあやふやだとわかった。
名探偵コナンを考察する
主人公工藤新一が江戸川コナンになるのはテロメア活性や質量保存則の範疇なので考察しないが、APTX4869によって何人もの人が「毒物として検出されることなく」殺害できるかについて考察してみる。
答えは明確にNOである。アポトーシスでは細胞死した細胞は周囲の細胞に吸収される。
それが原因で死ぬということは、クロマチン凝縮が起こり断片化した細胞が体の多くの部分で見られるはずである。司法解剖や行政解剖でそれが全て見逃されるとは考えにくい。
参考文献
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https://ja.wikipedia.org/wiki/カスパーゼ - 生化学 第80巻第1号みにれびゅう カスパーゼの新しい機能 倉永 英里奈
他
http://www.jbsoc.or.jp/seika/wp-content/uploads/2013/11/80-01-04.pdf - Apaf-1様蛋白:炎症と細胞死シグナルの接点
http://dimb.w3.kanazawa-u.ac.jp/sousetsuf/sousetsu8.htm